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【酒折宮】ご利益・御祭神を参拝レポ|アクセス・駐車場情報あり−甲府市

酒折宮

酒折宮は甲府市にある神社の中でも歴史はとても古く、全国的にも知られる日本武尊(やまとたけるのみこと)が実際に訪れた神社としても知られています。

やまとたけるのみことの滞在時には連歌(れんが)が初めて歌われたことから、当神社は連歌発祥の地ともされ、境内には日本武尊と連歌に関する石碑があったりと見どころも多数。

本記事では酒折宮のご利益・御祭神・参拝レポートを画像付きでご紹介いたします。

これから酒折宮を参拝しようと考えている方は是非参考にしてください。

【酒折宮】参拝時間・アクセス・駐車場情報ほか

参拝時間 24時間
混雑状況 なし
バリアフリー 境内は車イス移動可(ただし拝殿前に階段あり)
公式サイト 酒折宮
住所 〒400-0805
山梨県甲府市酒折3丁目1−13
電話番号 0552-31-2690
アクセス 徒歩 酒折駅より6分
車 甲府昭和I.Cより26分

御朱印・お守り

御朱印 500円
お札・お守り 800円
おみくじ 100円

駐車場(15台)

酒折宮の駐車場は境内の目の前にあります。

踏切がすぐそばにあるので、電車や歩行者には注意しましょう。

酒折宮とは?

読み方さかおりみや

酒折宮は、山梨県内に多くある神社の中でも唯一、古事記や日本書紀といった日本神話に登場するほどの歴史ある神社です。

元々は、酒折宮のある山そのものを神様としてお祭りしていた神社ですが、第12代天皇の息子である「日本武尊(やまとたけるのみこと)」が荒くれ者たちを倒した後に立ち寄ったことがきっかけで、その後(1900年以上前)からは「日本武尊(やまとたけるのみこと)」が神様として祭られるようになりました。

また、日本武尊が酒折宮に来た際、5・7・5の句と7・7の句を複数人で交互に読んでいく「連歌(れんが)」が日本で初めて歌われたため、酒折宮は連歌発祥の地ともされています。

ご祭神とご利益

日本武尊(やまとたけるのみこと)

  • 厄除け
  • 開運招福
  • 商売繁盛
  • 五穀豊穣
  • 国土平穏など

お祭り

  • 祈年祭 2月19日
  • 夏越大祓 6月30日
  • 例大祭 10月21日

など

【酒折宮】ご利益・御祭神を参拝レポ

酒折宮の拝殿には、日本武尊が1体鎮座。

「日本武尊(やまとたけるのみこと)」はそもそも天皇の息子なので、他の神社に祭られている神様(天照大神や素盞嗚尊)などとは違う、人の姿をした神様(神人)とされていますが、生きていた頃に様々な反乱分子を服従させてきたので、現在は伝説的な英雄として全国のあらゆる神社でお祭りされています。

戦いで日本の厄を落としてきた「日本武尊(やまとたけるのみこと)」には、強い厄払いの御利益があるとされていますので、厄年の方や「最近良い事がない」と感じる人は一度参拝すると良いでしょう。

他にも開運招福や商売繁盛といった御利益も持っているので、厄を落としながら運気の上昇をお祈りしましょう。

拝殿のわきにはおみくじあり

拝殿のすぐ左脇にはレトロな作りの、おみくじ箱が設置されています。おみくじ箱にかけられた白い紙(紙垂(しで))が特徴的ですので、参拝した際は要チェックです。

参拝後はお守りや御朱印を授かりに社務所へ

拝殿を参拝したら境内の右側にある社務所に向かい、お守りや御朱印を授かりに行きましょう。

お守りには日本武尊の御利益にあやかった「厄除け開運お守り」をはじめ、合格守りや安産子宝守りといったものも取り揃えられています。

この日は残念ながら宮司さんたちと会えなかったので、御朱印を手にすることはできませんでしたが、通常では以下のような御朱印を授かる事ができるようです。

右側に「連歌発祥の地」と入れられているので、他の神社の御朱印とはまた違った雰囲気を感じますね。

【酒折宮】境内で連歌などの石碑を見学

酒折宮は日本武尊が実際に訪れた場所であり、連歌発祥の地と言われていることから境内には様々な石碑が置かれています。

石碑は日本武尊たちが歌ったとされる連歌が刻まれたものや、酒折宮の歴史を知る事ができる石碑もあります。

連歌之碑(れんがのひ)

連歌之碑(れんがのひ)には、日本武尊と御火焼翁(みひたきのおきな)という人が、歌ったとされる

新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる かがなべて夜は九夜日には十日を

という連歌が刻まれています。

茨城県の地域である「新治(にいはり)、筑波(つくば)を通り過ぎてから、ここまでいくつの夜を越えたのか。」という「日本武尊(やまとたけるのみこと)」の疑問に対して、御火焼翁が「日を重ねて夜は9夜、昼は10日経ちました。」と答えたもので、日常的な会話が句にされて歌われた事がわかります。

酒折宮壽詞(さかおりのみやよごと)

酒折宮壽詞(さかおりのみやよごと)は、日本武尊が酒折宮に来たことを伝えるため、1791年に本居宣長(もとおり のりなが)という学者が石碑の文章が作り、平田篤胤(ひらた あつたね)が1839年にこの石碑を建設したとされています。

江戸時代の2人の学者が作ったものなので、石碑に刻まれているのは414文字の漢字のみですが、わきには現代語訳の看板が建っており、「日本武尊はとても尊い人であり、酒折宮はいつまでも栄えていくであろう。」といった内容が書かれています。

酒折祠碑(さかおりしひ)

酒折祠碑(さかおりしひ)は、

  • 日本武尊と酒折宮の関係性
  • この酒折宮はどのような価値があるのか

といったことが刻まれており、酒折宮が由緒ある神社であることを証明されていました。

山県大弐(やまがた だいに)と加賀美光章(かがみ みつあき)という2人の学者によって1762年に建てられた石碑なので、酒折宮壽詞(さかおりのみやよごと)よりもさらに古く、石碑の文字は全て漢字です。

酒折宮壽詞と酒折祠碑の2つを読むと、酒折宮と拝殿に祭られた日本武尊のありがたみをさらに感じる事ができますので、拝殿を参拝する前に一読していくと良いでしょう。

【酒折宮】境内にあるほこら

酒折宮には、2箇所の場所でほこらを確認する事ができます。

残念ながら祭られているほこらの名前や、祭られている神様は不明ですが、どこか神々しさを感じます。

中には、ほこらの正面のマークが変わっているものもあり、ちょっとしたミステリーを思わせる物もあるので、気になる方はぜひ足を運んでみてください。

【酒折宮】SNSの評価と口コミ

まとめ

酒折宮は、日本武尊が実際に足を運んだ場所であり、連歌発祥の地とされている由緒ある神社です。

拝殿にお祭りされているのは1日本武尊のみですが、強い厄除けの御利益があるので、厄年の方の人がお参りするにはうってつけ♪

境内の中には酒折宮と日本武尊に関わる石碑もあるので、参拝前に石碑の内容を読んでいけば、通常のお参りよりもさらに強い気持ちでお祈りができるでしょう。

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M・Y

M・Y

【南アルプス市在住】お寺・神社巡り・カフェ巡りが好きで毎日どこかのカフェに出没。パワースポットも好きで山梨県内のパワースポットはほぼ行き尽くしている。

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